社会的な動物である人間は,他者との相互作用を通じて認知能力を獲得する.特に,発達初期における社会的相互作用は,その後の認知機能の獲得に重要であることがわかっているものの,そのメカニズムは明らかになっていない.本研究では,ボトムアップ・アプローチとトップダウン・アプローチの双方向から,発達初期の社会学習プロセスと多様な相互作用パターンが創発するメカニズムを解明することを目的とする.
発達初期におけるマルチモーダルな相互作用
乳幼児は生後早期に,ターンテイキング,感情調節,言語的相互作用などの社会的能力を急速に学習し,発達させる.これまでの多くの研究では,特定のモダリティや時間スケールのみを対象として,乳幼児と養育者の間の相互作用過程が検証されてきた.本研究では,行動や生理状態などの多様なモダリティを含むデータに対して,さまざまな計算モデルを適用することにで,二者間の協調メカニズムをボトムアップに検証することを目的とする.これまでに,乳幼児と養育者が短期的および長期的な時間スケールで,複数の声の韻律特徴を用いて協調的な相互作用をしていることを明らかにした (Li J. et al., 2022).また,乳幼児と養育者の協調は,音声だけではなく感情レベルにまで及ぶこと (Li M., Li J. et al., 2023),さらに,自律神経活動の概日リズムも相互作用し,養育者の心的状態と密接に関連していることを解明した (Li J. et al., 2023).
発達初期におけるマルチモーダルな相互作用
人間は同期 (synchronization),同調 (conformity),共感 (empathy) など,さまざまなレベルで他者と協調する能力を持つ.一方で,我々は均質な存在ではなく,認知発達の多様性があるため,あらゆる個人間で協調が達成できるわけではない.本研究では,異なる相互作用パターンの創発が,予測情報処理理論に基づいて説明可能であることを示す.予測情報処理は認知神経科学分野の知見を基盤とした計算理論であり,認知発達の多様性を感覚・予測信号の推定精度の変容として捉えることができる (Nagai, 2019).さらに,予測情報処理に関するパラメータの変調によって,二者間の相互作用のダイナミクスも決定されると推測される.本研究では,予測情報処理理論が認知発達の多様性だけではなく,人間のさまざまな社会的相互作用の理解にも貢献することを示す (Nakata & Nagai, 2024).