科学研究費補助金 基盤研究 (S) 「脳の一般原理に基づく認知機能の多様性発生機序の理解と発達障害者支援」
(研究代表者:長井志江,研究期間:2021年7月−2026年3月)
研究の背景・目的
発達障害者の個性を生かすニューロダイバーシティ社会を実現するためには,認知機能における個人の多様性を,正しく理解し評価する枠組みが必要である.特に,多様性が脳のどのような基盤に基づいて発生するのかを解明することは,学術的に重要な課題である.
本研究では,構成的・解析的アプローチを融合することで,人の認知機能における多様性の発生機序をシステム的に理解し,発達障害者の支援に応用することを目的とする.多様性の機序仮説として,脳の一般原理である「予測符号化」理論に着目し,予測符号化処理における予測・感覚精度や階層性,時定数などの変動が,定型発達者と発達障害者の個性を連続的なスペクトラムとして表現することを検証する.仮説検証の課題として,さまざまな認知機能の基盤である自己認知に注目することで,異なる感覚様式や認知レベルにおける多様性が,どのようにどこまで統一的に説明できるのかを明らかにする.本研究の成果により,すべての人の個性を正しく理解し,個性を生かす社会の実現に貢献する.
研究の方法
認知発達ロボティクス・認知神経科学・発達障害当事者研究という相補的なアプローチを融合することで,以下の3つの研究項目に協働して取り組む(図参照).
- 当事者研究及び心理物理実験による機序仮説の生成
- 神経回路モデル実験による機序仮説の検証
- VR(仮想現実)を用いた介入による機序理解の深化と発達障害者支援
項目1では,定型発達者と自閉スペクトラム症(ASD)者を対象に,自己認知に関わる主観的報告を収集して,テーマ・因子分析を用いて個性を抽出する当事者研究と,異種感覚統合や身体知覚を操作する心理物理実験をとおして,知覚運動データから統計量の変動として個性を抽出する実験を行う.項目2では,自己認知課題を学習する神経回路モデルを開発し,モデル変数や潜在変数に変動を与えたときに,学習結果にどのような影響が出るかを検証する実験と,項目1の知覚運動データから,データに内在する個性をモデル変数や潜在変数として学習・推定する実験を行う.そして,項目3では,人の感覚信号に変動を与えるVR装置を開発し,VRを用いた自己認知実験をとおして,項目1-2で得られる機序仮説を精緻化し,それに基づいて,ASD者の自己認知の支援を実現する.
本研究では,認知機能における個人の多様性が,脳の一般原理である「予測符号化」理論に基づいて,感覚・予測信号の精度や階層性,時定数などの変調として生じるという仮説を立てている.項目1-3のデータ解析やモデル実験を,本仮説に基づいて設計・検証することで,個人間の多様性の発生機序を予測符号化処理の変調として統一的に説明する.
期待される成果と意義
本研究の遂行により,定型発達者と発達障害者の個性を,予測符号化における多様な因子の変調に基づいて,連続的なスペクトラムとして説明することが可能になる.特に,自己認知は、身体の位置・運動に関する固有感覚,視覚や聴覚などの外界に関する外受容感覚,そして,内臓などの身体内部に関する内受容感覚を全て統合する認知機能の基盤であり,自己認知の多様性を理解することで,それに基づく社会的能力の多様性も解明できると考える.脳の一般原理に基づいて,個性がなぜどのように生じるのかを理解することで,発達障害者の自己理解を支援し,個性を生かしたニューロダイバーシティ社会の実現に貢献する.
メンバー
- 長井 志江(東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構・特任教授)
- 熊谷 晋一郎(東京大学先端科学技術研究センター・准教授)
- 和田 真(国立障害者リハビリテーションセンター研究所脳機能系障害研究部・研究室長)